大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)76号 判決 1980年3月27日

控訴人

柴田慶市

右法定代理人後見人

柴田かな

右訴訟代理人

林武雄

被控訴人

石黒道彦

右訴訟代理人

福岡宗也

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録(一)の土地について、名古屋法務局昭和三九年一一月二八日受付第四四五五〇号所有権移転請求権保全仮登記に基づく、同目録(二)記載の土地について同法務局昭和四一年六月二九日受付第二六五一二号所有権移転請求権仮登記に基づく各本登記手続をせよ。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

本件につき更に審究した結果、当裁判所も被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断する。その理由は、左のとおり付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する(訂正、削除<省略>)。右認定に反する各<証拠>は各<証拠>に照らし、にわかに措信し難く、当審提出にかかる乙号各証も未だ右認定判断を動かすに足りない。

<証拠>によれば、本件(一)の土地の売買契約書(甲第一号証)の控訴人の署名部分は、志水太郎が被控訴人に右土地を仲介した同証人の面前で手書し、名下の印影もその際同人が控訴人の印章を用いて押捺したものであるが、その際柴田かなも同席し、右の事実を知悉していたこと、本件(二)の売買代金残金一七万円の支払いが司法書士の事務所でなされたが、その席に志水太郎と柴田かなとが売主側として同席していたことを認めることができ、また<証拠>によれば、本件(一)の土地の売買の後控訴人が準禁治産宣告を受けたことから、買主である被控訴人側から右売買契約の効力を確固たるものとしておきたいとの申し出がなされ、柴田かな及び寺島五郎両名の依頼を受けた担当弁護士が受任のうえ、昭和四〇年六月九目名古屋簡易裁判所において右売買契約が有効である趣旨の即決和解がなされたが、その際柴田かな及び寺島五郎と共に志水太郎も同席していたことを認めることができ、更に<証拠>によれば、柴田繁三郎は昭和四一年七月二七日名古屋市千種区猪高町大字藤森小池刈八五番地の一所在の控訴人所有の土地建物を買受け、同日金三〇〇万円を柴田かなに支払つたが、その際にも売主側として同女のほか、寺島五郎、志水太郎が同席していたことを認めることができ、以上の各事実に徴しても、柴田かなは控訴人を無権代理して原判決認定の如く本件各土地を被控訴人に売却したものと推認し得るものということができ、右認定に反し柴田かなが志水太郎に欺罔されて控訴人及び柴田かなの署名ないし押印のある多数の書面を持ち去られその一部が本件各売買契約に使用された旨の当審における証人<省略>の各供述は措信し難い。

ところで、禁治産者の後見事務は、禁治産者の利益のためになされるべきものであるから、追認されるべき行為をなした者と右行為を追認すべき者とが同一人となつたという事実のみによつては直ちに後見人が追認を拒絶することが信義則に反すると解することは相当でないが、本件の如く無権代理人が後見人に就職する以前において事実上後見人の立場で禁治産者の財産管理に当つてきて、しかもこのことにつき周囲の何人からも異議がなく、また、後見人と本人との間に利益相反の事実も認められない場合には、右の禁治産者の利益の保護についても考慮が払われていたものといい得るのであるから、このような場合には取引の相手方の保護の面をも考慮して、後見人が追認を拒絶することは信義則に反し許されないと解するのが相当である。すなわち、追認を拒絶することが信義則に反し許されないか否かを決するうえにおいて、事実上の後見において無能力者の利益の保護について考慮が払われていたか否かが大きな意味合いをもつものと解されるものであつて、右の法理の適用に当り無能力者が意思能力を有していたか否かの点はかかわりはないものというべきである。

当審における被控訴人<編注・本件各土地に対する換地処分、宅地化>は当事者間に争いがない。従つて、本件各土地の売買に際しては農地法所定の知事の許可がその効力発生の要件であつたとしても、本件土地が宅地に変じたとき右要件は不要に帰し、本件売買契約は知事の許可を経ることなく完全に効力を生ずるに至つたものと解するのが相当である。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、右の事実によれば、被控訴人が当審で追加した主文三項記載の請求はこれを認容すべきであるから、原判決を主文三項の如く変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(村上悦雄 小島裕史 春日民雄)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例